「嫌いになられるより、好きになられる方が怖い」ということ【神野藍】
神野藍 新連載「揺蕩と偏愛」#7
◾️「犬と人間どちらが好きですか」
人の感情の真ん中に立とうと、慎重にバランスを見てしまう。真ん中といっても特に好きか嫌いか思わない “良い人” ぐらいに身を置こうとする。変に期待値が上がらないよう、口から出る言葉と己の立ち振る舞いは嫌なぐらいに神経を張り詰めている。たまに匙加減を間違えると、あまり良くない何か、が生まれてしまう。
少し前、夜中にこんなことを喚かれた。こんなに好きなのにどうしてわかってくれない。一途に思い続けているのに、どうして他の人を見てしまうんだ。
私にとって意味の無い言葉の羅列まで受け止めないといけないのか。生まれてくる感情は残念ながら早く終わって欲しいと、早く寝たいくらいだった。
何の感情も持っていない相手が狂うのを見たくない。勝手に心の拠り所にされても私はどうすることもできない。ここまで来ると確実に相手を傷つける言葉で、重く深く戻って来れないところまで沈めるしかなくなる。嫌な役回りだなと思いながらも、何かが起きてしまう前にうまくやらないといけない。傷つけるのも、傷つくのも早い方がいい。こんな優しさを身につけない方が楽なのかもしれない。
背中の痛みの原因となり得そうなLINEのトーク画面をしかめっ面で眺めていると、犬が不思議そうな顔で覗き込んできた。「あーもう返事めんどくさい!!!」と一人で騒ぐと、「もう僕が構ってもらえるターンですか」と私のお腹の上を駆け回り始めた。
最近、うちの犬は少し増量気味なのもあって、地味にダメージが大きい。無邪気にはしゃぐ彼に向かって「お前はいいよなあ」と頭を撫でると、心地よさそうに目を細める。本当の意味で頭を空っぽにして話せるのも、行動できるのも犬だけ。少し前の対談で、「犬と人間どちらが好きですか」と聞かれて、すぐに犬と答えてしまった自分に驚いた。
恐らく、犬に対して全ての秘密を打ち明けているため、犬語を翻訳する機械ができたら、私は社会的に危ないかもしれない。週刊誌のリークより濃いものがうっかり流れ出てしまいそうだ。そんな未来がこないことを祈りつつ、視界の片隅で振動している着信を無視した。
文:神野藍
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✴︎目次✴︎
はじめに
#1 すべての始まり
#2 脱出
#3 初撮影
#4 女優としてのタイムリミット
#5 精子とアイスクリーム
#6 「ここから早く帰りたい」
#7 東京でのはじまり
#8 私の家族
#9 空虚な幸福
#10 「一生をかけて後悔させてやる」
#11 発作
#12 AV女優になった理由
#13 セックスを売り物にするということ
#14 20万でセックスさせてくれませんか
#15 AV女優の出口は何もない荒野だ
#16 後悔のない人生の作り方
#17 刻まれた傷たち
#18 出演契約書
#19 善意の皮を被った欲の怪物たち
#20 彼女の存在
#21 「かわいそう」のシンボル
#22 私が殺したものたち
#23 28錠1シート
#24 無為
#25 近寄る死の気配
#26 帰りたがっている場所
#27 私との約束
#28 読書について1
#29 読書について2
#30 孤独にならなかった
#31 人生の新陳代謝
#32 「私を忘れて、幸せになるな」
#33 戦闘宣言
#34 「自衛しろ」と言われても
#35 セックスドール
#36 言葉の代わりとなるもの
#37 雪とふるさと
#38 苦痛を換金する
#39 暗い森を歩く
#40 業
#41 四度目の誕生日
#42 私を私たらしめるもの
#43 ここじゃないどこかに行きたかった
#44 進むために止まる
#45 「好きだからしょうがなかったんだ」
#46 欲しいものの正体
#47 あの子は馬鹿だから
#48 言葉を前にして
#49 私をほどく
#50 あの頃の私へ
おわりに